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開山寂室禅師(正燈国師)

開山寂室禅師(正燈国師)

開山禅師

 当山の開山、寂室元光禅師は、正応3年(1290)5月15日、岡山県真庭市に生まれました。生家は藤原実頼(小野宮)の流れをくむと伝えられています。
 5歳にして経典を暗誦され、また友人たちと捕まえた魚の命を憐れみ放流されるなど、生来の明晰な頭脳と篤い帰敬の念をお持ちになり、13歳で出家、京都東福寺で修行をされた後に、鎌倉の約翁徳倹禅師につき17歳で大悟されました。
 その後も様々な師のもとで研鑽を積み、31歳で渡元(中国)、幻住派の祖と名高い天目山の中峰明本禅師にまみえ薫陶を受けます。権門に属さず、天目山中深く隠棲して俗塵を遠ざけ、ひたすら僧とはどうあるべきかを問い続けられる和尚の禅風は、寂室禅師に大きな影響を与えたといいます。
 元(中国)の各地を行脚し、37歳で帰国された後は、中峰和尚にならって、朝廷や幕府の拝請を悉く固辞され、72歳まで諸国を巡り行脚説法を続けられました。
 72歳のとき、近江に滞在の折、守護職佐々木氏頼公に請われ、永源寺に入寺、開山されました。伝えによれば、永源寺の深山と幽渓がかつての天目山を思い起こさせ、禅師にこの地に留まる決心をさせた、といいます。
 永源寺に入山ののちは修行僧の教化に努められ、後に当山四派の開祖となる、弥天、松嶺、霊仲、越渓の四人の高弟を輩出されます。彼らに後を託し、貞治6年(1367)9月1日、78歳で示寂されました。墓所を大寂塔(開山堂)と呼んでいます。
 応安2年(1368)朝廷より円応禅師、昭和3年には昭和天皇より正燈国師の称号を賜りました。
 禅師の詩・偈・墨跡は特にすぐれ、重要文化財に指定されています。